鼠径ヘルニアは、「脱腸」とも呼ばれており、鼠径部(足のつけ根)から腸などの臓器が脱出してしまう病気です。鼠径部はもともと複数の筋肉の膜(筋膜)が重なって腹壁の強度が維持されていますが、加齢により筋膜に隙間ができてしまい、内臓を包んでいる腹膜が袋状に飛び出した状態です。40歳以上の中高年の男性に多いとされています。
鼠径ヘルニアの症状は、鼠径部のふくらみと、それに伴う痛み、違和感、不快感などが主なものです。鼠径部のふくらみは立ち上がったり、咳をしたり、重いものを持ったとき、排便時にいきむとき、などお腹に力が入った場合に目立ちます。一方、仰向けになるとふくらみがなくなってしまうことが一般的です。
ふくらみが出たり引っ込んだりしている状況では緊急性はないのですが、腸が飛び出した状態ではまり込んでしまった場合(嵌頓、「かんとん」といいます)には、硬く腫れ上がり強い痛みを伴い、押しても戻らなくなります。嵌頓した状態が長時間になると腸が壊死してしまう危険性もあり、緊急手術が必要になることもあります。
問診と視診・触診で診断可能なことが多いです。腹圧をかけた状態、立ち上がった状態で診察させて頂きます。また、超音波検査やCT検査を追加し、ヘルニアの場所、大きさ、脱出した内容、などを調べることがあります。
有効な治療は手術のみで、薬での治療はできません。腹筋ではなく筋膜が加齢に伴い弱くなったことが原因なので、腹筋を鍛えても改善することはありません。自然と治ることもありません。
鼠径部の違和感や不快感、痛みなどの症状がある場合には手術治療を提案します。鼠径ヘルニア自体は直ちに命にかかわる疾患ではありませんが、ある日突然、嵌頓を起こし緊急手術になる可能性は鼠径ヘルニア患者さん全体の2~5%と言われています。嵌頓した状態が進行すると腸が壊死し、場合によっては大事に至る可能性もありますので、嵌頓を未然に防ぐためにも治療が勧められます。
鼠径ヘルニアの手術の目的は鼠径部の弱った筋膜を補強することです。過去には健常な筋膜同士を縫い合わせる手法が行われてきましたが、現在では医療用のメッシュを用いて補強することが多く、全国的に広く普及しています。
鼠径ヘルニアの手術は大きく分けて2種類あります。
全身麻酔で行います。腹部に3か所の小さな穴を開けて、1つの穴から腹腔鏡とよばれるカメラを挿入します。炭酸ガスをお腹の中に注入して腹部を膨らませた状態にして、腹腔鏡が映すモニターの映像を見ながら鉗子とよばれる器具や電気メスを使用しながら手術を行います。腹膜を切開し、筋膜の弱くなった部位を背面から医療用のメッシュで覆い、腹膜を縫って閉鎖します。
腹腔鏡手術の長所と短所
長所
短所
全身麻酔、または脊椎麻酔下に手術を行います。鼠径部を4〜6cm程度切開し、筋膜の弱くなった部位を前面から医療用のメッシュで覆い、固定します。筋膜と腹膜の間に折りたたみ円錐形にしたプラグと呼ばれるメッシュを入れることもあります。
開腹手術歴(手術の種類にもよります)のある方、または前立腺疾患の手術歴がある方はおなかの中に癒着がある可能性があるため、腹腔鏡よりも鼠径部切開法を提案します。また、心臓や肺に重い病気がある方については、心臓や肺への負担という点で腹腔鏡手術より鼠径部切開法が好ましい場合があります。
一般的な流れは以下になりますが、持病の有無や身体の状態などを考慮して、患者さんひとりひとりに対して最適な対応をさせて頂きます。
短期入院をご希望の方は柔軟に対応させて頂きますので担当医までご相談ください。当院では日帰り手術は行っておりません。
診察のほか、超音波検査、CT検査を行うことがあります。手術の方針となった場合には全身麻酔に必要な呼吸機能検査、心臓検査(超音波検査、心電図検査)を受けて頂きます。
医師より手術の説明があります。同意が得られましたら手術日と入院日を決定します。外来スタッフより入院案内があります。
入院して頂きます。病棟看護師より入院生活についての説明があります。麻酔科医師の診察があります。夕食までは普通に食事をして頂きます。
朝より点滴をして頂きます。手術が終わりましたら数時間は安静にして頂きます。ふらつきがなければ歩行が可能になり、尿の管を抜いてトイレに行くことができます。手術後、3時間程度したら水・お茶を飲むことができます。
朝より食事が開始になります。体温や創部の具合などをみて退院許可がでます。
当院では、心臓や肺に疾患がなく手術歴のない患者さんに対しては腹腔鏡手術を第一選択しつつ、患者さんの身体の状態や希望などから最も適切な手術方法を選択するようにしています。不明な点は遠慮なく外来担当医師にご相談ください。